東京地方裁判所 昭和48年(ワ)6851号 判決 1980年3月24日
原告 久保田千代
右訴訟代理人弁護士 佐藤直敏
被告 株式会社朋和産業
右代表者代表取締役 高橋明治
右訴訟代理人弁護士 川上三郎
主文
一 原告の請求を棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一当事者の求める裁判
一 請求の趣旨
1 被告は、原告に対し、別紙物件目録記載の建物につき、真正なる登記名義の回復を原因とする所有権移転登記手続をせよ。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
二 請求の趣旨に対する答弁
主文同旨の判決
第二当事者の主張
一 請求の原因
1 訴外高橋要治(以下「訴外高橋」という。)は、昭和四四年一二月一三日、その所有に係る別紙物件目録記載の建物(以下「本件建物」という。)を原告に対して遺贈する旨の遺言(以下「本件遺言」という。)をなし、同四五年六月二八日に死亡した。
2 しかるに、本件建物には、東京法務局北出張所昭和四五年八月二七日受付第二七七七七号をもって訴外高橋てつのために、次いで、同出張所同四八年四月六日受付第一二八九四号をもって被告のために、それぞれ各所有権移転登記が経由されている。
3 よって、原告は、本件建物の所有権に基づき、訴外高橋てつ及び被告に対しそれぞれ前記各所有権移転登記の抹消登記手続を求めるのに代えて、被告に対し、本件建物につき、真正なる登記名義の回復を原因とする所有権移転登記手続をなすことを求める。
二 請求の原因に対する認否
1 請求の原因1の事実のうち、訴外高橋が本件建物を所有していたこと及び原告主張の日に死亡したことはいずれも認め、その余の事実は知らない。
2 同2の事実は認める。
三 抗弁
1 本件遺言は、公正証書によってなされたが、これによると、訴外菅谷三良及び同守ユウ子(但し、公正証書には、「守優子」と記載されている。以下「訴外守」という。)が証人としてその作成手続に立ち会ったことになっている。
2 しかしながら、前記二人の証人のうち、訴外守は、訴外高橋が本件遺言の趣旨を公証人に口授し、これが公証人によって筆記された後になって初めて前記遺言公正証書の作成手続に関与し、公証人による右筆記の読み聞かせの段階に立ち会ったにすぎない。
3 ところで、公正証書による遺言の方式について規定した民法九六九条は、二人以上の証人が公正証書の作成手続に最初から最後まで間断なく立ち会うことを要求しているから、本件遺言は法定の方式違反により無効というべきである。
四 抗弁に対する認否
1 抗弁1の事実は認める。
2 同2の事実は否認する。
3 同3の主張は争う。
第三証拠関係《省略》
理由
一 請求の原因1の事実のうち、訴外高橋が本件建物を所有していたこと及び原告主張の日に死亡したこと並びに同2の事実は、いずれも当事者間に争いがない。
そして、《証拠省略》によると、訴外高橋が原告主張の日に本件遺言をなした事実を認めることができる。
二 次に、抗弁について検討する。
1 本件遺言が公正証書によってなされ、右遺言公正証書には、訴外菅谷三良及び同守ユウ子(但し、「守優子」と記載されている。)がその作成手続に証人として立会った旨記載されていることは、当事者間に争いがない。
2 ところで、《証拠省略》を総合すると、千葉地方法務局所属公証人Aは、昭和四四年一二月一三日、千葉県八日市場市イの三四八番地訴外伊藤博文弁護士方において、遺言者である訴外高橋から証人として立会うことを依頼されて参集した訴外守が別室で同弁護士夫人と歓談している間に、訴外菅谷三良を証人として立会わせただけで、訴外高橋から本件遺言の趣旨の口授を受け、これを筆記したうえ、遺言者及び証人に読み聞かせる段になって始めて右守を列席させ、右遺言者の口授の筆記を読み聞かせ、各自に署名、捺印させたが、右読み聞かせに際し、訴外高橋から格別の発言はなされなかったことが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。
3 右認定事実によれば、本件遺言公正証書の立会証人の一人である訴外守は、遺言者である訴外高橋が遺言の趣旨を公証人に口授する際に立会わなかったものであり、遺言者が正常な精神状態で遺言の趣旨を口授し、公証人がこれを正確に筆記したか否かを確認し、もって遺言者の真意を確保することができなかったことになるから、本件遺言公正証書の作成手続は、民法九六九条に定める方式に違背し無効といわなければならない。
4 よって、被告の抗弁は理由がある。
三 従って、原告の本訴請求は失当として棄却を免れず、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 伊藤博 裁判官 山口忍 原優)
<以下省略>